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  • 執筆者の写真清心寺

観音

観音とは文字通り音を観ると書く。では音とは何かと言うと、人々の苦悩の声を指すとお聞かせいただいた事がある。私たち人間は、誰もが心の内側に決してもらすことのできないような悲しみや苦しみを抱えているのではないだろうか。その苦しみの声を丁寧に観て下さるお方が観音なのである。


みるには「見る」と「観る」がある。見るはパッと目にうつる状態をさし、観るは物事の奥行きをみてゆく事。


観るという字を熟語にすると観光と言った言葉が思いつくが、例えば京都の本願寺に参り、本堂に上がる。阿弥陀さまに手を合わせ「次はお土産を買いに行こう」とそそくさと本堂を出る。これは観光とは言えない。ただ本堂に参り阿弥陀仏を見たという事にすぎないのではないか。では観光とは何か。本堂に参り、阿弥陀仏のお木造を拝見しながら、柱に手を当てその柱の太さに思いを馳せる。一体いつの時代にどれだけの人が関り、この柱は運ばれてきたのだろうか。そしてこの柱が支える広い本堂には、どれだけの人が参られ、阿弥陀さまに手を合わせてこられたのだろうか…。などと、物事の奥行きに目を凝らし、肌で感じ味わう。こういった事を観光と言い、即ち物事の奥行きをみてゆく事。「観る」という事なのだろう。

観音は決して人に漏らすことのできないような私たちの内に抱えた苦悩を丁寧にご覧になって下さった菩薩さまなのだと思う。


親鸞聖人は比叡山での20年間のご修行の末、六角堂に参られた。六角堂は正式には紫雲山頂法寺と言い、親鸞聖人が和国のお釈迦さまと仰がれた聖徳太子が建立くださった寺院。親鸞聖人ご在世当時は天台宗の寺院であり、平安末期から観音信仰の霊場として知られていた。この観音菩薩がおられた六角堂に親鸞聖人が参られたという事実の背後に思いを馳せるとどうだろうか。人々の苦悩をご覧になって下さる菩薩さまにお会いにいかれた聖人の内に抱えたものとは何だったのだろうか。


きっとそこには20年間のご修行の末、どうしてもこの煩悩から逃れることのできぬ事実と向き合い、自己の欲望を誤魔化すことのできぬ聖人のご苦労・苦悩というものがあるのだと思う。六角堂に参られた聖人はその後法然上人のもとに参られ、自力のご修行から他力の救済におであいになられた。極限まで自身を見つめられたお方が聖人であり、その聖人をそっと抱きとめて下さった観音菩薩が六角堂におられ、ご自身の内に抱えたものを告白しに参られたのだろう。


本年は親鸞聖人ご誕生850年・立教開宗800年の年に当たる。聖人の歩まれた道を少しでも学び、その聖人のご苦労があって今の私がいるという事を考えてゆきたいと思う。



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